「新しい累代表記法の一提案」

                  北海道ビートル研究会 田畠慎哉 

<はじめに>

昨今、累代繁殖に成功される方が急増する一方、未だに累代表記法の諸説が氾濫し、統一した累代表記がなされていないのが現状です。これは、WILDをF0とした全く遺伝子学的根拠のない表記が発端であり、最も普及している表記法を例にとっても、遺伝子学的根拠のある記載事項はほとんどありません。混乱を招いてる一番の理由は、遺伝子学に準ずるものとそうでないものが同レベルで論じられている事の矛盾に気付かないからです。科学的にそぐわないのであれば、表記しないのが一番なのですが、消費者がいて、昆虫販売業者がいる以上、昆虫個体のなんらかの指標は必要だと考えます。遺伝子学を学んだ事のある立場から、出来るだけ遺伝子学に準ずるものは継承し、そうでないものは、取り決めとして割り切った新しい累代表記法が必要と考えます。そこで、現在混乱されている事項を整理し、累代繁殖に関する基礎知識を再確認しつつ、混乱しない表記法とはどのようなものか考察したいと思います。

<累代繁殖の基礎知識>

 同血統交配(インラインブリード)の代を重ねた繁殖を言います。メンデルの法則から考えても、優勢、劣勢遺伝子にかかわらず、他血統交配に比べ、良質な遺伝子も、粗悪な遺伝子も共に高頻度で子孫へ受け継がれていきます。その中から良性遺伝子を持つと思われる同血統parentを交配し、良性遺伝子をもつ子孫の発生率を高めることが累代繁殖の目的ですが、その反面、親が良質な遺伝子だと思われるケースでも、粗悪な劣勢遺伝子を持っていれば、代を重ねるにつれ粗悪な遺伝子をもつ個体の発生率は上昇します。そのため、その発生率を低下させる為、他血統との交配(アウトラインブリード)を行います。
メンデルの法則を理解する為に、人間を例にして考えてみます。性染色体は♂をXY、♀をXXと表現します。優勢遺伝子をXとし、劣勢遺伝子はxと表現されます。仮に、parentはともに医学的に疾病を発症していないが、疾病の劣勢遺伝子を潜在的に持っているというケースで考えてみましょう。♂の場合はxを持ってしまうと、疾患発症になってしまいますので、それを避けるには表現型はXYになります。♀は疾病は発症していませんが、劣勢遺伝子を潜在的に持つというケースですので表現型はXxになります。それでは、理論上の疾病遺伝子を持った個体の発生率をみていきます。 表現型の右() 内に正常の場合は◯を、疾病発症しないが、疾病遺伝子を潜在的に持っている場合を(△)、疾病発症した場合×と表記します。

              図1.劣勢遺伝子を潜在的に持つ♀との交配例

これは一世代のみを記載したものですが、このケースでは、親が疾患を発症していないのに、♂の50%が疾病発症、♀の50%が疾病発症しないが、疾病遺伝子を潜在的に持っている個体となります。全体として疾患発症個体が25%、疾病発症しないが、疾病遺伝子を潜在的に持っている個体が25%、つまり疾病遺伝子を持った個体の発生率は50%もあるのです。さらに、次の世代を考えた場合、A個体とC個体との交配による疾病遺伝子を持った個体の発生率は0%で、全て正常個体が生まれます。A個体とD個体との交配では親世代と同様となります。B個体とC個体との交配では、♂は100%正常に対し、♀は100%疾病遺伝子を潜在的に持っている個体になります。B個体とD個体との交配では♂の50%が発症、♀の25%が発症、♀の25%が疾病発症しないが、疾病遺伝子を潜在的に持っている個体であり、全体では75%が疾病遺伝子を持った個体という事になります。このように、累代繁殖には、確率論的に言っても、粗悪な遺伝子を継承し続ける危険性を秘めており、安易な累代繁殖の継続はすべきではないと考えます。  

<Fx(Filial generation=子世代)表記について>周知のごとく、Fとは、Filial generation(子世代)のことでインラインブリードの代重ね数を表現したものです。アウトラインブリードを行った時点で累代繁殖が終了するのですから、仮にF4(血統A)♂×F2(血統B)♀の交配によって生まれた子供はF1になるのです。この点だけは、遺伝子学的にも矛盾しません。
さて、Fxを考える上で知っておかなければならないことがあります。WILDという言葉は、遺伝子学には用いられませんので、これは"野生の"という意味で、取り決めとして使用するなら、それでも構わないと考えます。しかし、F0は、突然変異個体あるいは遺伝子学的操作を受けた個体(例えば、癌発症ラットや拡張型心筋症発症ラット等)を意味する為、自然界では突然変異個体以外はF0は存在しないのです。したがって、WILDと称するのは自由なのですが、WILD=F0というのは明らかに間違いです。クワガタ界(昆虫学ではなく商用的に使われている世界)で、そのような表記がされる為、返って知識のある人達が混乱するのです。F0は、突然変異個体でない限り、使用してはいけません。他視点からみれば、統一した表記法を決定する為に、遺伝子学を離れて、全て取り決めとし、新しい言葉のみで表記していくという手段もありますが、全国へ周知徹底する事は不可能に近く、また、現在の表記法(個人により表記法が違いますが)に慣れてしまっている言葉等を考えれば、最も普及した表記法を是正させる方が合理的だと考えます。
<遺伝子学的基本概念>
表記法が混乱している理由として、WILD=F0と言う間違った概念があることは、前述しましたが、他の原因として、血統のみならず飼育環境等からも分類している為、表記が複雑になり過ぎている事も挙げておかなくてはなりません。まず、遺伝子学的基本概念を列挙しますと
(1)FとはFilial generation(子世代)の略であり、同血統ライン交配の
代重ね数を表現したもの
(2)同血統ライン交配を繰り返して、初めてFxは進行する。
(3)同血統ライン交配のFx表記は親の累代数の多い方を優先する。
(4)別血統ライン交配第一世代は、親の世代に関係なくF1と表記する。。

<現在、最も普及していると考えられる表記法について>
*注:最も認められた表記法を作り上げた方に敬意を示すものであり、決して個人批判などではなく、今回、新しい表記法を考えるにあたり、参考にさせて頂き、その土台とさせて頂いたことを、深く感謝していることを明記しておきます。

★※1 難しいところであり、WDの持腹は遺伝学的にWDに間違いないのだが、自然界では淘汰によって選ばれた個体のみが生き残るのに対して、飼育環境下では大多数の個体が生き残るので、その意味でWF1と呼ぶ事が多いようである。世代的にはWDなのであるからWF0と呼ぶ人もいて、その方が正解であると思う。
※ F値の異なる交配の場合は、F値の多い方を基準に数える。

※1に対するコメント:基本的に遺伝子学的にWDの表記はありません。Fx表記に、飼育環境は関係ありません。前述したように、F0は、自然界では突然変異個体をいいます。
これを、取りまとめると以下の様になります。

これで、かなり表記法が整理され、かつ、遺伝子学的根拠を残しながら、使い慣れた言葉も残ったと考えます。表記法の混乱を避けるためには、この程度までシンプルにする事が不可欠と思われます。
<考察と結語>
 現在の表記法の問題点は、WILD=F0という誤りに基づくものですが、実際、野外採集した昆虫の血統を証明することはmt-DNA解析をすれば可能ですが(費用は1頭あたり3万円前後かかる為、非現実的ですが)、その結果により別血統繁殖をした場合のみF1表記が出来るのであり、WILD同士であっても、同血統が証明されれば、それ同士の交配子は累代繁殖とみなされFxは不明となります。それでは、根本的にFx表記は不可能になります。すなわち、学術的解析目的以外に、商用目的の為だけにmt-DNA解析を施行することは金銭的、時間的に不可能であり、また、前記しましたように、その結果が100%Fx表記に生かす事が出来ない以上、ある程度の取り決めが必要となるのです。前記しましたF0の件については医学分野で用いられている生物を例にして考えれば解り易いので述べますが、癌発症ラットや拡張型心筋症発症ラット等、遺伝子操作が加えられた初代ラットに対し、初めてF0と称する事が出来るのであり、自然界では、突然変異個体(実際は、エキソン=メッセンジャーRNAに関与するものに異常はなくても、イントロン=表現型に異常を示さない場所に、わずかな変異を来しているものがほとんどであり、突然変異は広義の意味で使用しています)をF0と言うのです。野外採集をWILDと称する事は、取り決めとしては問題ないものの、F0と同意語として使われるのは、明らかに間違いなのです。また、現在の表記法のもう一つの問題点は、同じ親の交配でありながら、飼育環境下か否かで累代表記数が変わるという非科学的な事がなされていることです。しかし、否定ばかりでは、統一した表記法は完成されません。人間が他種生物の繁殖に携わる以上、遺伝子学的根拠を再確認し、取り決めは取り決めとして受け入れるものの、商業目的中心の表記法を改めて見直す必要があると考えました。また、昆虫が商品として売買されている以上、消費者に対し、ある程度の指標を示す事は大切である事に異論はありません。今回、このような表記法を提案をしたのは、科学者的立場(自称科学者ではなく)+昆虫マニアからの考想であり、今後、消費者にとって不利益な表記を是正しようと思ったのが一番の理由なのです。混乱を招かない統一した表記法の普及を切に願うものであります。