「スカラベ・サクレ」

~ホルス・アポロの残したメッセージについて~       
                         北海道ビートル研究会 田畠慎哉

<ホルス・アポロのメッセージ>

"スカラベは東から西へ、世界が動く方向へ玉を転がした後、土中にその玉を埋め、そこに二十八日間隠れ住む。二十八日は月の公転の時間であり、そのあいだにスカラベの子は生命を得て、動き始めるのである。二十九日目、つまり月と太陽が出会い、また世界が新しく生まれ変わる日に、スカラベは埋めた玉に穴をあけて水中に投げる。この中から、生き物があらわれる。それが新しいスカラベである" 

古代エジプト文明時代、ホルス・アポロという学者が書き残したものである。この虫が忙しそうに玉(糞の玉)を転がしていくのを見て、東から西に一日かかって太陽を運ぶ太陽神の化身と考えたエジプト人は、この虫を崇拝し、スカラベ・サクレ(神聖な甲虫)と呼んだのである。また、この虫が玉と一緒に土中に入り、地上から姿を消し、また別の季節に姿をあらわすのをみたエジプト人は死んでも再び生き返る力を持つ昆虫と考えていたようである。私は文献を読み進むにつれ、ホルス・アポロの書き残した一見予言者じみた奇妙とも思える文面が、いかに、科学的であり、また、いかにスカラベを事細かく観察していたのかと驚かされました。そして私もスカラベの魅力に引き込まれていったのです。しかしながら、その生態を知る為には、思った以上の時間と労力が必要でした。フン虫そのものが、日本では一般的ではなく、また、資料も乏しく、実際、フン虫の生態は今だ明らかにされていないことが多いのです。それは、多種あるフン虫それぞれが違った生態特性を持っていることも大きな原因であると考えられます。

 ファーブル昆虫記に書かれたスカラベ・サクレ、これは後に新種であることが解りスカラベ・ティフォンと呼ばれるようになりましたが、今回、私は 本来のスカラベ・サクレを入手するこができ、飼育できる機会に恵まれました。これを機に、現在まで嵩名な昆虫学者の先生方が明らかにされてきた生態学を基礎に、今まで興味のあったホルス・アポロのメッセージに対する自己解釈をしてみようと考えました。あくまでも推測の域を出ませんが、出来るだけ非科学的にならないよう、客観的に解釈をすすめました。
古代エジブト文明は太陰暦から初めて太陽暦を用いた文明です。これは、ナイル川の大洪水が毎年ほとんど決まった時期におこることから、1年の周期の予知が何より大切であり、より正確な周期予知の出来る太陽暦をあみだしたのです。自然暦が月から太陽へ移ることにより、初めて季節を意識した文明と言えます。ホルス神、ハトホル神、アヌピス神らが地方神として祭られていた時代、エジプト人は太陽神ラーを全宇宙の創造神として信仰し、太陽の運行や樹木の繁殖から、生命の不死・復活を信じていたそうです。そのため死体をミイラにして保存したり、来世の生活のため、王や貴族は立派な墳墓をつくりました。そういったシチュエーションの中で、死んでも復活すると信じられていたスカラベは、恰好のステータス的存在だったのではないでしょうか。
前記しましたが、そんな時代にホルス・アポロが残した言葉です。スカラベは東から西へ、世界が動く方向へ玉を転がした後、
天動説が中心であったこの時代、世界が動く方向とは太陽が動く方向と考えられます。 スカラベを太陽神の化身と考えていたのですから、このような記述がされたのでしょう。これは、生物学的な見方をすれば、こうは考えられないでしょうか。 スカラベは後ろ向きにフン玉を転がすため、もし東から西へフン玉を転がすとフン玉は常に太陽からスカラベの体の影になります。スカラベはフン玉の乾燥を自らの体で守ったのではないでしょうか。
土中にその玉を埋め、そこに二十八日間隠れ住む。二十八日は月の公転の時間であり、そのあいだにスカラベの子は生命を得て、動き始めるのである。二十九日目、つまり月と太陽が出会い、また世界が新しく生まれ変わる日に、スカラベは埋めた玉に穴をあけて

ここで、"隠れ棲む"とは前後の文脈から考えて親を指すと考えられます。フン玉を埋めた親は28日間フン玉とともに土中に潜み、29日目親がフン玉に穴をあける と読み取れます。しかしながら、スカラベ・サクレのメスはフン玉とともに土中に潜り、産卵をし、ナシ玉を作り上げると地上に出て来てしまいます。決して28日間も土中にいることはありません。幼虫は仮にナシ玉が破壊されても、自己修復する力を持っており、親を必要としないのです。じゃ、何故フン玉が埋められて羽化するまで29日間なのか?実際には、最短でも54日間かかります。"29日目"とは、いつを意味するのでしょう。

"28日は月の公転の時間"という言葉と"29日目、つまり月と太陽の出会い"という言葉が暦を意味しているのであれば、29日間は太陰太陽暦でいう1ヶ月となり、新しく生まれ変わる日とは翌月の1日の意味となります。ホルス・アポロは、太陽暦の時代に太陰太陽暦を使っていたのでしょうか。文面からは、それを意識したとも充分考えられますし、その起原が太陰暦とされるユダヤ暦は、エジプトでは太陽暦も取り入れ太陰太陽暦にほぼ近い状態でエジプトに存在したとの文献も見受けられます。おそらく歴史学者であれば、太陰太陽暦を用いたと判断するのでしょう。しかし、私はただの昆虫マニアです。ここでは、生物学的に考えてみようと思います。ホルス・アポロは29日目に新しいスカラベがあらわれると言っています。29日目は羽化する日と考えるべきでしょう。スカラベは雨が降らなければフン玉から出ることは出来ません。そう都合良く、暦に合わせて、それも新しい月の第1日目に雨期がやってくるでしょうか。
"29日目"すなわち蛹になってから羽化の日、"世界が新しく生まれ変わる日"とは、乾季から雨期に変わり動植物すべての生態系に変化がおよぶ時期を言うのではないでしょうか。しかし、ここでもう一つ考えなければなりません。いつから数えて29日目なのかです。これは、スカラベの生態を知ればハッキリします。羽化日より29日前は幼虫が蛹になる時です。しかし、その時期はナシ玉は土の中です。それをホルス・アポロは知らなかったのでしょうか。いや賢明なホルス・アポロは知っていたでしょう。ここからの話は薄学の私の見解です。その当時、太陽暦の中心であったエジプト暦を世間に知らしめる事は、多分に政治的要素があったと考えられます。そして、たかが昆虫なれど、太陽の化身と言われたスカラベに関する事です。太陽の自然暦と掛け離れたサイクルでは、一般市民を巻き込むまでのステータスにはなりえなかったでしょう。当然、ホルス.アポロもスカラベの生態に関しては熟知していたと考えられます。その中で幸いにも、蛹から羽化までの期間が、太陽の自然暦に一致する事に気付いたホルス・アポロは、それを利用したのではないでしょうか。  
水中に投げる。この中から、生き物があらわれる。それが新しいスカラベである
雨期+ナイル河の治水の悪さを考えれば、沢山のナシ玉は発生した雨水の流れに掘り起こされ、地上に姿を表したと想像されます。スカラベは、雨水により柔軟化したナシ玉の外殻を背中で割り外界に表れます。雨水で出来た水流の脇に穴のあいたナシ玉、そして新成虫がいたとしたら、この様な表現になるのかもしれません。
以上の様に、私なりの解釈してみますと、現代の昆虫学で解っている生態と矛盾しません。ホルス・アポロは、全てを理解した上で、太陽暦にスカラベを結び付けるという銘を受け、古代エジプト分明の政治に貢献すべく、このメッセージを残したのではないでしょうか。しかし、もしそこに、太陰太陽暦 を絡めるというホルス・アポロの皮肉も込められていたとしたら、なんとも滑稽で、夢のある話でしょう。

<附加>スカラベの生態系の概要<フン玉について>
[1]食餌用の玉の材料は、馬糞、牛糞、羊糞どれでもよく、スカラベはフンの山からきれいに球形にくり抜くのです。そしてヘラのような前枝でペタペタと押しつけ表面を固めます。
決して転がして球形にするのではないのです。何故そのようなことをするのでしょう。一番大切な答は乾燥から避けるためです。もし、転がして密度の均等な玉を造ったとしたら、炎天下、玉を目的地まで運ぶあいだに玉は芯まで乾燥し固まってしまいます。また、乾燥以外の理由としてはフン玉運搬中に他の小型フン虫に潜りこまれたり、ハエに産卵されたりすれば、せっかくのフン玉を食べられてしまいます。そこでスカラベは考えたのです。最初に表面だけ固めてしまえばいいと・・スカラベの思惑どおりでした。目的地に着いた玉は、見た目は表面ガチガチですが中身は、柔らかくまるでトリュフチョコレートの様です。しかし、一生懸命なのですが、産卵用の玉程、フンの種類を選んだりはしません。他のフン虫に先に食べられないよう、出来るだけ早く安全な場所へ運ばなければならないのですから。本来糞は、一度栄養分を吸収されたもので栄養価は低いのです。特に牛みたいに胃袋が四つもあると、スカラベは余程大量の糞を食べないと栄養を吸収できません。そのため、スカラベは大食いであり、その胃腸は異常に長いのです。エサを食べ続ける為、排便は細長く切れることなく出し続けられます。[2]産卵・育児用の玉はもっと神経を使います。大きさは食餌用のフン玉より二回り程大きく糞は、ゾウあるいはヒツジのものでなくてはいけません。これは、他の糞より栄養価が高い為です。産卵を終えたフン玉は洋ナシ型(以降ナシ玉と称します)をしています。スカラベはナシ玉をつくる為、運んできたフン玉を砕いて、中身の点検をします。もし他のフン虫なんかが混ざっていたら、幼虫は食べるものを失ってしまいます。ナシ玉はとても固く、人間が思いっきり握ったぐらいではビクともしません。それだけ固いのですからナシ玉の中で成長し続け、成虫になったスカラベも、あるきっかけがなければ、ナシ玉を割って地上に出てくる事はできません。雨期になり、雨水によりナシ玉が柔軟化した時、外殻を背中で割り外界に表れます。雨期が訪れなければ、スカラベはそのまま死んでしまいます。<繁殖行動パターン>
産卵・育児用の玉をつくる糞はゾウあるいはヒツジのものでなくてはいけません。これは、前述しましたが他の糞より栄養価が高い為です。それらの糞を使いオスはプレゼントボールをつくりメスを待ちます。プレゼントボールは糞玉であり、重量は400~500グラムもあります。プレゼントボールをもとに、オスとメスは共同で丹念に土でコーティングしウェディングボールをつくります。仕上げられたウェディングボールは直径は7~10センチメートル、重量は900グラムに達することも稀ではありません。オスは一匹でこれを運ぶのです。メスはウェディングボールにしがみついたまま、一緒にコロコロ転がされ運ばれます。
スカラベはナシ玉と自分が入るのが精一杯の大きさの部屋を土中につくります。メスは卵を産み、ナシ玉を造ると地上に出て来ます。
<卵から羽化まで>